秘書は見た!

「秘書は見た!ある日のつじもと清美」

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議員在職25年

なんと今年でウチの議員は議員在職25年だという。
最初に聞いたときの感想は、「あれ? もっと長くやってないか」であった。
数えてみると、確かに正しい。いや本当に山あり谷ありだったということだ。

私たち今いる秘書の中には、つじもと清美の「25年の軌跡」をすべてそばで見てきた人間はいない。ウチの事務所は長く続けている人が多いけれど、それでも「25年」の歳月の重みを知っているのは本人だけなのだ。

大きな組織に抱えられているわけでもなく、二世三世議員でもない。決して裕福な家庭ではなかったが、幼少期からの社会への疑問の答えを知りたくて、ピースボートを立ち上げた。
議員になったのだって「棚ぼたやなあ」(つじもと父)とのこと(ただ、つじもと父はこの後「棚からぼた餅も、落ちるところにおらな、落ちてけえへん」と言ったという。名言である)。

そこから先の歩みは、みなさんがご存じの通りである。
一年生議員のときは「自社さ政権」で閣外協力の与党議員として、多くの法律作りに携わった。NPO法、被災者生活再建支援法、児童買春・ポルノ禁止法、情報公開法、環境アセスメント法・・・。いまもバリバリ活躍している法律ばかり。
歴代の総理との論戦はメディアを騒がせ、小泉総理との集団的自衛権をめぐる論戦(ソーリ! ソーリ!がでたとき)の視聴率13.1パーセントは国会中継の歴代最高視聴率だったそうだ(ちょっと前の巨人戦の平均視聴率11.5%にも勝った!)。今と違って皆がテレビをつけている時代だったから、その影響力はすさまじかった。
そして山あり谷あり。
議員辞職や逮捕。支持者に支えられてそこからの復活。
日本を代表する女性議員のひとりとして、走り続けてきたつじもと清美。
あらためて、これまで支えて下さったみなさんに感謝です。

しかし、時代は確実に不安定化していると感じる。
先日開かれた国連総会。トランプ米大統領が国連総会の一般討論演説で、「反グローバル」をかざし国連を猛烈に攻撃したのだ。
国連の移民支援を「不法移民」助長と批判し、気候変動を「起きていない」「史上最大の詐欺」と断言。超大国アメリカが責任を放棄し、陰謀論をまきちらすことは、決してアメリカ国民を幸せにしないはずなのに。

ところが日本はそのアメリカに追従し、パレスチナの国家承認を見送った。
人道危機が見過ごせないほどのレベルになっているとして、パレスチナを国家承認する国は国連加盟国の8割を超えているのに。
伝統的にアラブ諸国とも友好関係を結んできた日本の立場は「2国家共存」による問題解決だ。関税交渉への影響を危惧してのことかもしれないが、もっと怖いのは日本が国際社会から信頼を失うことなのじゃないの。

議員になる前、つじもとはピースボートで世界60カ国以上をまわった。時代は冷戦下、世界は一触即発だった。台湾沖で軍艦に大砲を向けられ、入港を諦めたこともあった。内戦下のカンボジアでは銃で威嚇射撃されたこともあった。
それでも、「見てみなきゃ、直接話してみなきゃわからない」と船を出し続け、人と人とをつなぎ続けたのだ。
船上では、イスラエルとパレスチナの若者の「和平会議」も企画した。戦火が絶えない両国の若者からは、戦争放棄の憲法を持つ日本がうらやましいと言われ、自分たちの国もそんな憲法がほしいと言われた。
戦争被害にあったパレスチナの子どもたちに薬を届けたこともあった。

だからこそ悔しい。
唯一の戦争被爆国である日本にしかできないことがあるのに、とつじもとはいう。
国会議事堂の本会議場に座るたび、「清美さん、ここで日本は戦争に向かう予算を賛成多数で決めていったのよ」という土井たか子さんの言葉をかみしめるという。

議員在職25年。だけど、つじもとが目指す「戦争のない社会」は道半ばだ。
みなさん、これからもつじもと清美とともに歩んでください!

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